ビング・クロスビー(1903~1977)
『喝采』にてグレイス・ケリー、ウィリアム・ホールデンと共演し、グレイスとは一時的に恋仲でもあった俳優、それがビング・クロスビーである。洗練された優しい雰囲気、そしてその雰囲気をふんだんに活かしている見事な歌唱力で、名俳優としてだけではなく名歌手としても活躍した人物である。数々の素晴らしいクリスマスソングを世に送り出した事から、クリスマスの王様などと評される事もある。
1903年、アメリカのワシントンにて生まれる。本名はハリー・リリース・クロスビー。父はビール鋳造所の簿記者。7人兄妹の4男である。少年時代から音楽、演劇の世界に憧れる。1920年、17歳、ゴンガザ大学法学部へ進学するも中退、友人たちと結成したジャズ・バンドの本格的な活動を始める。1926年、23歳、歌手として人気オーケストラ楽団に参加、翌1927年、24歳、楽団内に構成された3人組のボーカル・グループ「リズム・ボーイズ」の一員となった後、1931年、28歳、自身の曲「アイ・サレンダー・ディア」がヒットを飛ばした事により独立した。同年、当時において新しいエンターテイメントの媒介、CBSラジオ製作の『ビング・クロスビー・ショウ』のラジオ番組を受け持つ事になり、アメリカ全土で大人気を博するに至る。1940年、37歳の頃から映画への出演を始めると俳優としての才能も発揮し、『我が道を往く』、『皇帝円舞曲』、『喝采』、『ホワイト・クリスマス』、『駅馬車』などの傑作ドラマ作品への出演を続けた。一方、歌手としても活躍を続け、「サイレント・ナイト」、「ホワイト・クリスマス」、「星にスウィング」、「世界一周」など、数々の名曲を生み出した。1977年、74歳、スペイン、マドリード郊外にあるゴルフ場の17番ホールにて、発作を起こし永眠した。
1930年、27歳、女優ディキシーと結婚し、4人の子どもをもうけるも、22年後の1952年、49歳、妻が永眠。1957年、54歳、女優キャサリンと結婚、3人の子どもをもうけ、生涯を共にした。独特な歌い方「クルーナー・スタイル」を発明しており、これはマイクロフォンとスピーカー技術を程よく利用した滑らかな歌唱法である。
ちなみに、『スタートレック』シリーズの2作目、エンタープライズ号NCC-1701-Dを舞台に繰り広げられる壮大なSFドラマ傑作『新スタートレック《STAR TREK -THE NEXT GENERATIONS》』には、主要登場人物の1人としてターシャ・ヤーという女性が登場するが、この役を演じているのがデニス・クロスビー、ビングの孫娘である。ビングの家系はほぼ全員、エンターテイメントの道を歩んでいる。
ムービーデータベース(IMDb、英語)Bing Crosby (IMDb、英語)
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